| <その1>ポストイット |
| 今や、どこのオフィスでも不可欠となったポスト・イット。この商品がデビューしたのは1980年。現在、3Mはこのはがせるだけで、年間売り上げ、13億ドル(1993年)! かくまでメガヒットとなったポスト・イットだが、閃きから開発、発売に至るまでには数々の苦難の壁があった。
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| ●だれも関心を示さなかった! |
| ことの始まりは、1964年、一人の研究者の失敗作だった。 3Mの中央研究所の研究者だったスペンサー・シルバーは、ある日、好奇心から理論通りではない薬品の調合をやってみた。
出来上がったのは、よく付くけれど簡単にはがれてしまう、接着剤としてはどうしようもないシロモノ。しかし、これまでに存在しないものだった。
彼は、この粘着物をもって社内中をまわり、熱心に意見を求め続けた。が、だれも関心を示さなかった。しかし一人、別セクションの化学者、アート・フライの記憶にしまわれた。 |
| ●10年後、教会でイナズマが走った |
| 1974年のある日、アート・フライは、教会で合唱に参加していた。彼は、その日歌う予定の賛美歌のページに小さな紙切れを挟んでいたが、はずみでその紙切れは落下。瞬間、イナズマが走った。「あの粘着物が役に立つのでは?!」
翌日から、彼は<粘着物のついたしおり>の開発に没頭。やがて試作品はできた。が、製品化には問題が多々。貼りつけたい部分にだけ粘着物を塗布すること、ロールではなく板状にすることなどなど。
社内のエンジニアたちは快く相談にのってくれたが、「非常に困難だ」という答えばかりだった。当時3M にはそうしたものをつくる機械もなく、万一機械を製造するには、困難極まるという意見。しかし彼はこう思った。「難しいのなら、絶対に他社には真似ができないではないか」と。
周囲の反対のなか、彼は1人コツコツ、自宅の地下室で製造機械の設計を始め、ついにその原型を造り上げた! 2年がかりでエンジニアたちと改良を加え、ついに完成! 発売まであと一歩となった。 |
| ●需要はゼロと判断されたが・・・ |
| ところが、である。3Mのマーケティング部が市場調査を行ったところ、「メモ用紙に金を払う人はいない」「必要性を感じない」、つまり、需要はゼロと判断。しかも、普通のメモ用紙の7〜10倍の値段。しかしアート・フライは負けず。使わないと分らないと、社内じゅうにばらまいた。と、間もなく秘書たちが、画期的な便利さに気づき始めた!
1977年、テスト販売が行われたが、またも結果は惨澹たるもので、やむなく販売中止の準備が始まった。 しかし3M社の一つの理念が待ったをかけた。すなわち「上司は明らかに失敗すると立証できない限り、部下の試みを止めてはならない」というもの。
やがて、注文が殺到! 1980年、全米で発売が開始されるに至った。 |
| ●やがて日本でも爆発、15社が参入 |
| 日本では1981年に、住友スリーエムが販売を開始。まるで売れない状態が2年も続いたが、消費者の意見で<付せん紙タイプ>を発売したところ、爆発的にヒット! やがて、色、形、サイズ、タイプともにさまざまなものが作られるに至る。国内メーカーも<貼ってはがせるメモ>に続々と参入(最終的には15社にまでなった)。
かくも熾烈な闘いを経て誕生したポスト・イット。その執念に敬服する。 それにしても、このアイデアが商品化されるまでに15年の歳月。長い時間を要した最大のネックが、人間の常識の壁の厚さにあったことも敬服に値する! |